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回胴遊商、アクロスジャパンを訪問

2019年06月03日


回胴式遊技機商業協同組合が2014年から寄付などの支援を続けている一般社団法人アクロスジャパンは、2009年に設立以来、養子縁組による新しい家族づくりの推進と子育て研修などに取り組んでいる。5月7日、回胴遊商の徳山健一委員長(写真・右)がアクロスジャパンを訪れて、小川多鶴代表(同・左)にこの活動にかける思いを聞いた。

徳山 アクロスジャパンでは、予期せぬ妊娠をしたり、かかれる産院が見つからない人に対する医療へのつなぎや、妊娠や子育てに葛藤を抱える人からの相談、子育てに困難を抱える方へ社会資源などを提供する相談などをされていると伺っていますが、そもそも小川代表はなぜこうした活動をはじめられたのですか? 小川 私は1990年代後半に渡米して、サンフランシスコを拠点に不動産業をしていました。法律が専攻の夫は米国人で、警察に所属しながら高等裁判所に勤めています。そこの仕事をお手伝いしていたことをきっかけに、児童福祉の活動をしている米国の非営利団体のコーディネーターになりました。そこで勤務しながら日米間を行き来しているうちに、当時の日本の児童福祉があまりにも遅れていることに危機感を抱き、2009年に日本に戻り、帰国してアクロスジャパンを立ち上げたのです。実は私たち夫婦にはこどもができなかったため、2005年に養子縁組で日本人のこどもを日本から迎えていました。主人には、2年ぐらいで基盤を作って米国に戻るからと言って息子と二人で帰国したのですが、10年経ってしまいました(笑)。

日本の養子縁組制度
先進諸外国から20年遅れ



徳山 当時の日本の児童福祉を取り巻く状況はどうでしたか? 小川 先進諸外国では1990年代の後半から養子縁組制度自体が「最も大切な児童支援制度の一つ」とされていました。でも私が帰国した当時、養子縁組支援などの団体は自治体から鼻であしらわれることが当たり前。私どもが初めに自治体へ事業申請に行った際、行政職員から「こういう仕事はボランティアとしてタダでやるもの。やりたかったら人から寄付とかもらってやればいい」と言われました。10 年前は「血のつながりのない子どもをもらうなんて」と平気で言う人が「普通」だったのです。

徳山 その状況がどう変化してきたのですか? 小川 それまで日本では、こどもが家庭養護で育つために尽力、協働するという考えの人はほとんどいなかったのです。それが、2012 年に日本財団が、社会的養護が必要なお子さんが家庭で育つための啓発事業をはじめたころから、当事者たちが少しずつ声を上げ始めました。不妊治療をあきらめて養子縁組で子供を迎えたい夫婦、産むことはできるけど、どうしても育てることが叶わない女性、生まれては来たけれども、大人の都合で自分の「家」を持つことができないこどもなどです。

徳山 そんな中、昨年、新法(民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律)が施行されましたね。 小川 日本にやっと養子縁組に関する法律ができ、私どものような団体も許可制へと移行しました。施行通知に「行政は民間団体と協働せよ」という文言が明記されたことで、行政とも連携しやすくなりました。モデル事業に採択された団体だけですが、昨年度からは国と自治体から助成金も出るようになり、養親希望者の負担も軽減されました。

唯一手を差し伸べてくれた 回胴遊商の支援が支えに

徳山 回胴遊商による寄付はどのように役に立っているでしょうか? 小川 米国では、とくにゲーミング業界やシリコンバレーなどのハイテク企業などは、こぞって非営利団体へ向けた支援を申し出て出てきます。でも日本ではそうした社会貢献への想いが少ない。そんななかで唯一支援の手を差し伸べてくれたのが回胴遊商さんでした。この出会いは私どもの団体にとって大きな支えになりました。回胴遊商さんのWebサイト経由で私どもを知り相談してくださるケースも年間数件いただくようになりました。パチンコホールで勤務なさる方が、奥さんが赤ちゃんを授かったのにどうしても養育が難しいといった相談をいただきます。

徳山 そういうお話を聞くと、支援が役に立っていると実感します。 小川 日本財団と親しくしているなかで、施設擁護出身のボートレーサーと親交ができました。上位のクラスで活躍されている選手です。彼は施設を出た後、香川県のパチンコ店で働かせてもらったそうです。私の講演で話をしてもらうことがあるのですが、彼は「ぼくを拾ってくれたのはパチンコ屋さんです。住まわせてくれて、ごはんを食べさせてくれたから今のぼくがある」と必ず言うのです。パチンコ店はこれまで、社会的なセーフティーネットだったと思うのですが、いまそれが縮小してしまっている。世の中には困難を抱えている人がたくさんいます。そういう方に近い場所にあるパチンコ店さんこそ、社会に必要な場所だと思うのですが。

徳山 最後に、今後の展望についてお聞かせください。 小川 私が帰国してからちょうど10年が経って、支援の制度も広がり社会からの認知度も高まりました。今後は支援の質を求めていかなければなりません。赤ちゃんが生まれてきて、親が育てられなくなった背景はみなさんそれぞれです。その背景をなるべく変えず、背景を理解できる方にこどもを託す。そういう専門性を持った活動を私たちがやっていかなければいけないと思っています。


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